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彼女は 講師のバイトに向かう途中で、自転車から降り、メットを脱いで しなやかな髪をはららかせ、背負いながら 尻だけを荷台に固定していた臙脂色の楽器ケースを ぼくが代わりに担いで、Rと初対面の挨拶に次いで、グローブも外して握手までした後は、生徒さん宅までの僅かな距離を、自転車を押しながら、三人で歩いた。
ぼくと彼女は、この近所に新しくできた店のことや、新発売のアイスのことなど、たあいもない話題に花を咲かせ、他の通行人に憚って 少し後方にずれて歩くRに 彼女のほうが気を遣って 同じ話題を振ったり、Rもそれに短く敬語で答えたり。
すぐに目的の家の住宅地に続く小路への曲がり角へ来て、ぼくは担いでいた彼女の相棒を 自転車の荷台にとりつけるのを手伝って、彼女はまた 器用に髪を捻ってメットを被り グローブを着け、自転車に跨って、Rに 「お会いできてよかったです!」と元気な挨拶をし、ぼくは彼女の頬にキスをして、「気をつけて、転ばないように。また会おうね。」と送り出した。
無邪気を装い 彼女の余韻に浸って ほくほくと嬉し気なぼくの横で Rは 率直な感想や 下種い質問を ぽつぽつと投げかけてくる。 「もっと頼れる姉貴的なかんじかと思ってた。」とか。 そう、可憐な野花のようにみえて、高山植物のように強かで逞しい人なんだ。 「でも、あの時は、Sが上になるんでしょ?」――別に上下とかないよ、女同士だからね。 「どっちが年上だっけ?」――彼女のほうが上。Rと同い年だよ。 あとは、生い立ちや、知り合った切っかけや、何やかやと。
会うまでは 気乗りがせず渋っていたRを、強引に会わせたのは、普段 Tさんとの熱愛ぶりを これでもかとひけらかして のろけてくる(僻目)人への当てつけと、Rの心に一石を投じて、さらに反応を見たかったためだ;ぼくは本当に意地が悪い。彼女に最初の挨拶をした時にだけ外したグラサンを 直ぐにかけなおしてしまったから、それに阻まれて 心を窺うことは満足に敵わず。ただ、ぼくが彼を 友達ではなくパートナーと表現したことが、嬉しかったと、大分経ってから。
交際期間の長さ的にも、Rくんは 友人というには軽すぎるし、永劫の伴侶というわけでもないが、他に適当な形容が見当たらなかっただけで。優劣をつける積もりがこちらになくても、人によって響きの軽重が違うから、難しいね。